1.特許法17条2項(特許法134条2項)には、補正(訂正)は「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」しなければならないことを定めている。特許法17条2項の趣旨は、出願当初から発明の開示が十分に行われるようにして、迅速な権利付与を担保し、発明の開示が不十分にしかされていない出願と出願当初から発明の開示が十分にされている出願との間の取扱いの公平性を確保するとともに、出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることにないようにし、先願主義の原則を実質的に確保しようとしたものである。
2.特許庁の審査基準には、「明細書又は図面に記載した事項」について、以下のように記載されている。
「当初明細書等に記載した事項」とは、「当初明細書等に明示的に記載された事項」だけではなく、明示的な記載がなくても、「当初明細書等の記載から自明な事項」も含む。
補正された事項が、「当初明細書等の記載から自明な事項」といえるためには、当初明細書等に記載がなくても、これに接した当業者であれば、出願時の技術常識に照らして、その意味であることが明らかであって、その事項がそこに記載されているのと同然であると理解する事項でなければならない。
周知・慣用技術についても、その技術自体が周知・慣用技術であるということだけでは、これを追加する補正は許されず、補正ができるのは、当初明細書等の記載から自明な事項といえる場合、すなわち、当初明細書等に接した当業者が、その事項がそこに記載されているのと同然であると理解する場合に限られる。
当業者からみて、当初明細書等の複数の記載(例えば、発明が解決しようとする課題についての記載と発明の具体例の記載、明細書の記載と図面の記載)から自明な事項といえる場合もある。 例:明細書には、特定の弾性支持体について開示されることなく、弾性支持体を備えた装置が記載されているが、図面の記載及び技術常識からみて、当業者であれば、「弾性支持体」とされているものは当然に「つるまきバネ」を意味しているものと理解するという場合は、「弾性支持体」を「つるまきバネ」にする補正が許される。
当初明細書等に記載された多数の選択肢の範囲で特定の選択肢の組み合わせを請求項に追加するとき、あるいは選択肢を削除した結果として特定の選択肢の組み合わせが請求項に残るときに、その特定の選択肢の組み合わせが当初明細書等に記載されていたとは認められない場合がある。
3.平成18年(行ヶ)第10563号の判決で、「明細書又は図面に記載した事項」について、新たな解釈がなされたように思う。
判決によれば、「明細書又は図面に記載した事項」とは、技術的思想の高度の創作である発明について、特許権による独占を得る前提として,第三者に対して開示されるものであるから、ここでいう「事項」とは明細書又は図面によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提となるところ、
「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であるとしている。
したがって、補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものであるときは当該補正は明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてするものということができると述べている。
例えば,特許請求の範囲の減縮を目的として,特許請求の範囲に限定を付加する訂正を行う場合において、付加される訂正事項が当該明細書又は図面に明示的に記載されている場合や、その記載から自明である事項である場合には、そのような訂正は、特段の事情のない限り、新たな技術的事項を導入しないものであると認められ「明細書又は図面に記載された範囲内において」するものであるということができると述べている。
さらに、「ただし、…を除く」などの消極的表現(いわゆる「除くクレーム」)によって特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正を請求する場合、このような訂正も、明細書又は図面の記載によって開示された技術的事項に対し、新たな技術的事項を導入しないものであると認められる限り「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」する訂正であるというべきであると述べている。
4.平成18年(行ヶ)第10563号の判決文で示された基準を適用して、平成20年(行ヶ)第10053号の判決がなされた。該事件での一争点は、特許請求の範囲に対して行った訂正事項が明細書又は図面に記載した事項か否かである。
(1)争点となった訂正事項は、請求項1の
「衣服の身頃,襟,襟口,ポケット又はポケットフラップの周縁に沿って袋を形成し」を
「衣服の襟,ポケット又はポケットフラップの周縁に沿って,衣服の表側を構成する主布の裏側に別布を縫合して,袋を形成し」 と訂正するものであった。
(2)特許庁審決では、本件特許の願書に添付された明細書及び図面に記載されておらず、当該明細書又は図面の記載から自明の事項ということもできないから新規事項の追加であるとして、訂正を認めなかった。
(3)これについて、知財高裁は、次のように判断している。
【請求項1】には,衣服の身頃,襟,襟口,ポケット又はポケットフラップの周縁に沿って袋を形成することが記載されており,
段落【0017】には,ワイヤの取付位置として,襟,襟口(襟の開き部分),袖の下部,身頃の下部,ポケットの縁,ポケットフラップの縁が記載されており,
段落【0019】には,ワイヤの取付構造(方法)として,衣服の表側を構成する主布の裏側に,別布を縫合して袋を形成し,この袋の内部にワイヤを挿通させることが記載されており,
段落【0021】には,ワイヤの取付位置として,襟の周縁,襟口の周縁が記載されており,
段落【0022】には,ワイヤの取付位置として,ポケットの開口の周縁,ポケットフラップの周縁が,それぞれ記載されていると認められる。
すなわち,本件明細書には,
①「衣服の襟,ポケット又はポケットフラップの周縁に沿って袋を形成」することが記載され(【請求項1】),
②ワイヤの取付位置として,「衣服の襟,ポケット又はポケットフラップの周縁」が記載され(段落【0017】,【0021】及び【0022】),
③ワイヤの取付構造(方法)として,「衣服の表側を構成する主布の裏側に別布を縫合して,袋を形成」すること,この袋の内部にワイヤを挿通させることが記載されている(段落【0019】)といえる。
そうすると,「衣服の襟,ポケット又はポケットフラップの周縁に沿って袋を形成」して,「衣服の襟,ポケット又はポケットフラップの周縁」にワイヤを取り付けるに当たり,「衣服の表側を構成する主布の裏側に別布を縫合して,袋を形成」し,この袋の内部にワイヤを挿通させるようにすることは,本件明細書の記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,当業者であれば,本件明細書の記載から自明である事項として,認識することができるというべきである。
よって、該訂正は「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」する訂正であると、判断している。
5.考察
特許庁の審査基準によれば、「当初明細書等に記載した事項」は、「当初明細書等に明示的に記載された事項」と「当初明細書等の記載から自明な事項」とに限定されている(東京高判平15.7.1(平成14年(行ケ)第3号審決取消請求事件))。そして、「当初明細書等の記載から自明な事項」は、出願時の技術常識に照らして、その意味であることが明らかであって、その事項がそこに記載されているのと同然であると理解する事項である。その事項について説明を受ければ簡単に分かる、という程度のものでは、自明ということはできないとしている。
審査基準における、「事項」は「発明を特定するために必要と認められる事項」のことを指しているように思える。したがって、たとえ、当初の請求項記載の範囲が補正で導入された事項(境界線)によって縮減される補正であっても、その境界線が明細書等に記載した事項でないときは、新規事項の追加として扱っているように思う。したがって、「除く」という境界線が明細書に記載されていないのが普通であるから、審査基準では消極的表現である「除くクレーム」を例外的扱いとしている。
一方、平成20年(行ヶ)第10053号判決では、明細書等に具体的な記載の無かった袋形成方法と取付位置との特定な組み合わせに訂正することを適法とした。平成18年(行ヶ)第10563号判決では、除くクレームは例外的扱いによるものではなく、訂正の基本原則から導かれることであるとしている。
そして該判決では、「当初明細書等に記載した事項」は、当業者によって、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項としている。そして、その例として、「当初明細書等に明示的に記載された事項」と「当初明細書等の記載から自明な事項」とを示している。
そして、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときに、当初明細書等に記載した事項の範囲内でする補正と判断している。
該判決における「事項」は「技術的事項」である。この技術的事項は先に述べたような境界線を指しているようでもあるが、明細書等から把握される発明の技術的範囲に近い観念を指しているかのようでもある。したがって、判決では「除くクレーム」は、例外的扱いではなく、原則に則る場合もあると判示しているように思量する。
判決における「当初明細書等に記載した事項」は、審査基準における「当初明細書等に記載した事項」よりも若干広い概念になっているように思う。
訂正または補正できる範囲が、今後、どのように運用されることになるのか、今後の審査の状況を見極める必要があるように思う。
以上。