特許権の消尽~「修理」なのか「生産」なのか~
キヤノンインクカートリッジ事件
(最高裁平18年(受)826、知財高裁平17(ネ)10021、東地裁平16(ワ)8557)
(事実関係)
1)原告(特許権者)の特許権(第3278410号;「液体収納容器,該容器の製造方法,該容器のパッケージ,該容器と記録ヘッドとを一体化したインクジェットヘッドカートリッジ及び液体吐出記録装置」)の請求項1は下記のとおり、
『A 互いに圧接する第1及び第2の負圧発生部材を収納するとともに液体供給部と大気連通部とを備える負圧発生部材収納室と,
B 該負圧発生部材収納室と連通する連通部を備えると共に実質的な密閉空間を形成するとともに前記負圧発生部材へ供給される液体を貯溜する液体収納室と,
C 前記負圧発生部材収納室と前記液体収納室とを仕切るとともに前記連通部を形成するための仕切り壁と,
D を有する液体収納容器において,
E 前記第1及び第2の負圧発生部材の圧接部の界面は前記仕切り壁と交差し,
F 前記第1の負圧発生部材は前記連通部と連通するとともに前記圧接部の界面を介してのみ前記大気連通部と連通可能であると共に,
G 前記第2の負圧発生部材は前記圧接部の界面を介してのみ前記連通部と連通可能であり,
H 前記圧接部の界面の毛管力が第1及び第2の負圧発生部材の毛管力より高く,かつ(I及びJは欠番),
K 液体収納容器の姿勢によらずに前記圧接部の界面全体が液体を保持可能な量の液体が負圧発生部材収納室内に充填されている
L ことを特徴とする液体収納容器。』
請求項10は下記のとおり、
『A’ 互いに圧接する第1及び第2の負圧発生部材を収納するとともに液体供給部と大気連通部とを備える負圧発生部材収納室と,
B’ 該負圧発生部材収納室と連通する連通部を備えると共に実質的な密閉空間を形成するとともに前記負圧発生部材へ供給される液体を貯溜する液体収納室と,
C’ 前記負圧発生部材収納室と前記液体収納室とを仕切るとともに前記連通部を形成するための仕切り壁と,を有し(D’は欠番),
E’ 前記第1及び第2の負圧発生部材の圧接部の界面は前記仕切り壁と交差し,
F’ 前記第1の負圧発生部材は前記連通部と連通するとともに前記圧接部の界面を介してのみ前記大気連通部と連通可能であると共に,
G’ 前記第2の負圧発生部材は前記圧接部の界面を介してのみ前記連通部と連通可能であり,
H’ 前記圧接部の界面の毛管力が第1及び第2の負圧発生部材の毛管力より高い
I’ 液体収納容器を用意する工程と,
J’ 前記液体収納室に液体を充填する第1の液体充填工程と,
K’ 前記負圧発生部材収納室に,前記液体収納容器の姿勢によらずに前記圧接部の界面全体が液体を保持可能な量の液体を充填する第2の液体充填工程と,
L’ を有することを特徴とする液体収納容器の製造方法。』
2)被告の製品
ア 被告は,中国マカオにある会社(以下「甲会社」という。)から,インクタンク(「被告製品」)を輸入した。
イ 甲会社の関連会社(以下「乙会社」という。)は,原告製品のインクを使い切って残ったインクタンク本体を北米,欧州及び日本を含むアジアから収集し,それを乙会社の子会社(以下「丙会社」という。)に売却している。
ウ 丙会社は,次の手順で,インクタンク本体から製品化している。
① インクタンク本体の液体収納室の上面に,洗浄及びインク注入のための穴を開ける。
② インクタンク本体を洗浄する。
③ インクタンク本体のインク供給口からインクが漏れないようにする措置を施す。
④ ①の穴から,負圧発生部材収納室の負圧発生部材の圧接部の界面を超える部分まで及び液体収納室全体にインクを注入する。
⑤ ①の穴及びインク供給口に栓をする。
⑥ ラベル等を装着する。
エ 甲会社は,丙会社から,被告製品を買い入れ,これを日本に輸出している。
オ 被告は,平成16年6月まで被告製品の輸入販売を行っていたが,税関による輸入禁制品の認定手続が開始されるなどしたため,この訴訟の係属中,その輸入を中止している。
(争点)
(1) 原告製品の日本国内及び海外における販売により,物の発明である本件発明1についての特許は消尽したか。
(2) 原告製品の日本国内及び海外における販売により,物の生産方法の発明である本件発明10についての特許は消尽したか。又は黙示の許諾があったか。
(最高裁の判断)
原審(知財高裁)の判断基準、それに基づく判断は、採用できない。
『特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者(以下,両者を併せて「特許権者等」という。)が我が国において特許製品を譲渡した場合には,当該特許製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し,もはや特許権の効力は,当該特許製品の使用,譲渡等(特許法2条3項1号にいう使用,譲渡等,輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をいう。以下同じ。)には及ばず,特許権者は,当該特許製品について特許権を行使することは許されないものと解するのが相当である。』
『特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは,特許権者は,その特許製品について,特許権を行使することが許されるというべきである。
そして,上記にいう特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては,当該特許製品の属性,特許発明の内容,加工及び部材の交換の態様のほか,取引の実情等も総合考慮して判断するのが相当であり,当該特許製品の属性としては,製品の機能,構造及び材質,用途,耐用期間,使用態様が,加工及び部材の交換の態様としては,加工等がされた際の当該特許製品の状態,加工の内容及び程度,交換された部材の耐用期間,当該部材の特許製品中における技術的機能及び経済的価値が考慮の対象となるというべきである。』
『我が国の特許権者又はこれと同視し得る者(以下,両者を併せて「我が国の特許権者等」という。)が国外において特許製品を譲渡した場合においては,特許権者は,譲受人に対しては,譲受人との間で当該特許製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨の合意をした場合を除き,譲受人から当該特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては,譲受人との間で上記の合意をした上当該特許製品にこれを明確に表示した場合を除いて,当該特許製品について我が国において特許権を行使することは許されない。(BBS事件最高裁平成9年7月1日第三小法廷判決)
これにより特許権の行使が制限される対象となるのは,飽くまで我が国の特許権者等が国外において譲渡した特許製品そのものに限られる。』
『我が国の特許権者等が国外において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは,特許権者は,その特許製品について,我が国において特許権を行使することが許されるというべきである。
そして,上記にいう特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては,特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされた場合と同一の基準に従って判断するのが相当である。』
本件への適用:
『上告人製品の製品化の工程における加工等の態様は,単に費消されたインクを再充てんしたというにとどまらず,使用済みのインクタンク本体を再使用し,本件発明の本質的部分に係る構成(構成要件H及び構成要件K)を欠くに至った状態のものについて,これを再び充足させるものであるということができ,本件発明の実質的な価値を再び実現し,開封前のインク漏れ防止という本件発明の作用効果を新たに発揮させるものと評せざるを得ない。』『インクタンクの取引の実情など前記事実関係等に現れた事情を総合的に考慮すると,上告人製品については,加工前の被上告人製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認めるのが相当である。したがって,特許権者等が我が国において譲渡し,又は我が国の特許権者等が国外において譲渡した特許製品である被上告人製品の使用済みインクタンク本体を利用して製品化された上告人製品については,本件特許権の行使が制限される対象となるものではないから,本件特許権の特許権者である被上告人は,本件特許権に基づいてその輸入,販売等の差止め及び廃棄を求めることができるというべきである。』
2.米国特許における「修理」と「再生産」
米国における消尽(First Sale Doctrine):
「特許製品が販売されると、それは購入者の私有財産となり、特許法による保護は及ばなくなる。」
購入した特許製品の加工や部材の交換が、「許容される修理」であれば権利行使できない。「禁じられた再生産」であれば権利行使が可能。
特許製品の譲受人は、特許製品を使用、修理、修正、廃棄、再譲渡する権利を持つが、製品を生産する権利は特許権者に留保されるので、新たな製品を生産することはできない。
譲受人が持つ特許製品の所有権には、購入した特許製品の耐用期間を維持する権利を含む。
修理/再生産の判断基準
1)当該特許製品の性質(改造品と特許製品との同一性)
2)当該特許製品の構成
特許製品を構成する部材の一つが、特許製品全体の寿命に比べ、短い寿命しかないか否か ⇒製品全体の効用期間内であれば、部材の交換は修理と看做される可能性高くなる。
一方で、交換部材が特許製品の重要部分であるか否か。この点は米国では低く評価され、日本では高く評価される傾向があるようだ。
3)当該修理対象の部材の製造や、サービスを提供する市場が発達しているか否か。(リサイクル業者による部材の交換を容認する傾向?。)
4)特許権者の意思(「使い捨て品」であるとの表示は単なる要望と看做される可能性が高い。契約書、同意書による場合(条件付販売)には、強制力が働く。)
3.米国では製品全体の効用期間内であれば、部材の交換は、「修理」と認定される可能性が高く、権利行使は難しい傾向がある。また、単に製品に「使い捨て」と記載しただけでは強制力がないので、そこで、米国では、条件付販売(製品の使用方法(例えば、ソフトウエアのインストール回数、装置を接続できる機種)を制限して販売)をすることで、該当条件以外の行為では消尽せず、特許権の行使を認めるようである。(米国最高裁において、この条件付販売に絡む事件(LG事件)について2008年6月9日に判決)
一方、日本では、条件付き販売などによって国内消尽を防ぐことはできない。効用期間内であっても、部材の交換を「再生産」と認定する可能性がある。
(キヤノン事件の被告のその後)
被告の現製品は、本訴訟で対象となった再生方法とは異なる方法で再生しているので、特許侵害には当たらないとして、販売を継続しているようです。なお、被告のインクカートリッジ販売量は、キヤノン、エプソンに次ぐ国内第3位なんだそうです。




